野内 直己(ノウチ ナオミ)

<背番号>11

<身長体重>172cm76kg

<生年月日>1959年9月7日

<投打>右投右打

<出身地>福岡県田川市生まれ
大阪府東大阪市、堺市 東京都中野区、文京区育ち

<趣味>麻雀 旅行 筋トレ

<球歴>
小学生時は近所で有名な野球小僧 中野区大会3連覇も中学に野球部が無くバレーボール部へ。その後草野球チームを転々

<座右の銘>人事を尽くして天命を待つ

<思い出のプレー/試合@>最終戦最終打席で首位打者決定!
前年2005年のシーズン、5割を超える自己最高打率を残しながら2位に甘んじた私は翌2006年、雪辱を期すべく初の首位打者獲りに燃えていた。
しかし最終戦の最終打席まで同じチームの好打者中村康夫さんとタイトルを争う事に。

迎えた最終打席、リキんで詰まったゴロはピッチャーの頭を際どく超え
二遊間の真ん中へ。名手安見遊撃手よく追いつき、必死にグラブを差し出すがボールをはじく。

「まずい!エラーか?」もしエラーで次打者中村康夫さんがヒットを打てば首位打者逆転!
公式記録審判の上げるH Eのパネルを1塁ベース上で固唾を飲んで見守る!
果たせるかな記録はヒットで念願の首位打者確定!
Hのパネルを上げてくれた平田さんが神様に見えた!

<思い出のプレー/試合A>ノーヒットノーランの次はメッタ打ち!
2006年JAチーム相手にノーヒットノーランを達成した次の試合は何故かまたJA。
打たれるわけないとナメてかかったら初回から打たれるわ打たれるわ!
メッタ打ちに合い何と6失点!
「2回続けてヤラれてたまるか!」闘将柳沢監督の執念に見事にリベンジされる。

<思い出のプレー/試合B>コメッツデビュー初打席でホームラン!
2002年夏、吉田会長との面接後初めて助っ人で参加させて頂いた初打席。
10年ぶりの野球でどうせ打てるわけないと盲目滅法振ったらなぜか打球は弾丸ライナー
で柵越え「まだあんなの打てるんだ!?」とカン違いした私はその後大振りを繰り返しその年の打率は自己最低の1割8分。助っ人なのでホームランも記録に残らず、
散々なシーズンに。

<一番自慢出来ること>
何もありませんが 強いて言えば右肩を手術してまで野球を続ける草野球バカ

<一言コメント>
いろいろあった時期にコメッツに救われました
一年でも長くコメッツを存続させることが出来るように、私なりの恩返しを続けてゆきたいと
思っています

<獲得タイトル>
最多勝5回(2003 2004 2006 2007 2008)
防御率1位5回(2003 2004 2006 2007 2008)
勝率一位4回(2003 2006 2007 2008)
奪三振王5回(2003 2004 2006 2007 2008)
最多完封試合5回(2003 2004 2006 2007 2008)
最多無四球試合2回(2006 2007)
ノーヒットノーラン(2006年8月20日対JA)
2四球8奪三振31年ぶり2人目

首位打者(2006)
打点王(2013)
得点王3回(2006 2007 2008)
盗塁王(2003)
最高出塁率2回(2005 2006)
新人王(2003)他